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がん闘病中のプロレスラーが復帰する。もう一度リングに立つ理由

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がん闘病中のプロレスラーが復帰する。

がん闘病中のプロレスラーが復帰する。

垣原賢人さん提供

垣原賢人さん(45)。1989年に新生UWFのオーディションに合格し、翌年8月の冨宅祐輔戦でデビューした。

団体分裂後は、UWFインターナショナルに所属。その後は、全日本プロレスやNOAH、新日本プロレスのリングで戦った。

デビューから16年たった2006年に頸椎椎間板ヘルニアに起因する第4・第5頸椎損傷で現役引退。

引退後は昆虫好きであることから、クワガタと森を愛する「ミヤマ☆仮面」として「クワレス」をプロデュースしていた。

しかし、2014年12月に悪性リンパ腫が発覚。プロレスを辞めざるを得なかった。闘病生活が始まり、現在は抗がん剤治療は終えたものの、経過観察中である。

そんな垣原さんが5月、都内で会見を開き、8月14日に後楽園ホールでレスラー復帰することを発表した。

なぜもう一度リングに上がるのか。BuzzFeed Newsは垣原さんに胸中を聞いた。

Takumi Harimaya / BuzzFeed

復帰を決意した理由をこう話す。

「一度引退した人間ですから、易々と復帰はしたくなかったのですが、悪性リンパ腫というがんになったとき、たくさんの人が応援してくれて、支援してくれたんです」

「本当にありがたかった。それと同時に申し訳なかった。元気になったら恩返ししたい気持ちがあって、どのようなかたちで恩返しができるか考えたとき、単純ですが元気な姿を見せようと思ったんです。なので、この病気にならなければ復帰することもなかった」

垣原さんががんを公表した後、UWFインターナショナル時代の後輩である高山善廣さんらが支援の募金運動を発足させていた。また、大のプロレスファンである将棋の郷田真隆棋士も支援のための募金活動をしていた。

「正直、リングに上がることが正しい選択肢なのかはわからないです。ただ僕と同じ病気にかかっている人はほかにもいます。なにかしらの希望を与えられるんじゃないかという気持ちもあります」

ベンチプレスやスパーリングなど練習を少しずつ始めた。「感覚は思い出しつつある」と話す。

「忘れ物を取りにいく」復帰戦の相手は藤原組長。

「忘れ物を取りにいく」復帰戦の相手は藤原組長。

IGF / Via igf.jp

復帰戦の相手は“藤原組長”こと、藤原喜明さん(68)だ。

「藤原さんも胃がんを克服しています。『人間としての強さ』『生きることの強さを体感したい』と思い、お願いしました。あと私が17歳の頃、UWFに入るきっかけを作ってくれたのも藤原さんなんです。けれど、藤原さんと一度もスパーリングをできなかった。17歳の頃の忘れ物を取りにいきたいんです」

藤原さんも二つ返事で承諾した。

がん患者「働かなくていい」吹き飛ばす

がん患者について「働かなくていい」と発言した自民党の大西英男衆院議員。

垣原さんは復帰を発表した翌日、自身のブログで「『がん患者は働かなくていい』ある議員のこんな言葉を吹き飛ばす意味でもリングで闘いますよ!」と綴った。

「大西議員のあの発言だけでなく、世の中の風潮として、がん患者は『終わってしまった人間』という見られ方を感じていて。大西議員個人に対してというよりは、そのような社会の風潮への反骨心はあります」

垣原さんは、復帰戦のあとも「リングに立ち続けたい」と話す。頻度はわからないが、一過性のものだと、意味がないと考えるからだ。

取材中、垣原さんは「怖いですし、迷いもあります」と葛藤を語った。血反吐を吐くような練習をし、選ばれたものだけが上がれるリングに自分がこのような状態で上がっていいのか。妻からも反対され、自問自答していた。それでも復帰を選んだ。

垣原さんや藤原組長以外にもがんと闘ったレスラーはいる。例えば、2006年に腎臓がんが発覚した小橋建太さんは、2007年に三沢・秋山組 vs 小橋・高山組で見事復帰した。三沢の雪崩式エメラルドフロージョンに沈むも、1万7千人の前で華々しく復帰戦を飾り、“鉄人”であることを証明した。

最後に垣原さんはこう話す。

「決してかっこいい姿を見せたいとかではありません。生きているがむしゃらな姿を見てもらえればいいんです。私の生き様、そのものを」



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